今日は夜の仕事明けで1日爆睡。
子供の塾の時間を忘れ、14:30塾の始まる時間に先生からの電話で目が覚める。これが初めてではない。何回もあった。きっと先生も呆れている。嫌がるぴょんちゃんを急かして無理矢理連れ出し30分の遅刻。

学校の行事や教材の申し込みを忘れた事もある。

家がゴチャゴチャ。生活がゴチャゴチャ。頭の中もゴチャゴチャ。

「ママは!いっつもパパに頼ってばっかりいたから、1人で何にも出来ないんだよ‼︎何でもパパにしてもらってたから!パパがいつも気を付けてくれていたから!ママは自分じゃ何にも出来ないくせに偉そうに言わないで‼︎」
といわれた。言い返せない。


私たちを残してパパが逝ってしまってから3ヶ月が経ちました。「涙も100日経てば枯れると言われています。今の悲しみは少しずつ忘れていきますよ。」と慰めて下さった方がいました。私は一生枯れない様な気がします。・・・そんなだから、鬱病になってしまったのでしょう。

ずっとうつろに過ごし、仕事にも行かず、食べもせず、家に引きこもって、娘の事に無関心でネグレクトの様でした。娘も犬6匹も死なない程度に餌を与えるだけ。まるでそんな風でした。駄目な母親です。自分の事が大っ嫌いです。

私たち夫婦は仲の良い夫婦でした。時間を忘れ、良く朝までおしゃべりしたりしていました。。笑いと怒りのツボが一緒で目配せだけで相手の言いたい事が分かり、笑い合ったりしてました。本当にたくさんおしゃべりをしました。いつも一緒でした。どこへ行くのも、何をするのも一緒でした。

いつまでも、いつまでも、こんな時間が続くものと思っていました。本当に幸せでした。過ぎ去ってしまうとまるでおとぎ話の様に思えます。

だから彼がいなくなった今、誰の為に食事を作り、洗濯をし、掃除をして、家事をするのか分からなくなってしまいました。何の為に頑張ればいいのか意味を見出せないでいました。

親類縁者、親兄弟(私には年の離れた兄がいます。)からは、この家を処分するようにと強く説得されましたが、無理に押し切って「みなさんには頼らず、自分でやっていきます。」と言い切ってこの家を手元に残しました。そして、大変な金額のローンが残りました。(事情があり、団信にはかけていなかったのです。)

そんな大切な家なのに、私ったらちっとも大事にしていない。粗末に扱っている。
「これではいけない。」と思い立ち、恐る恐る心療内科を受診して鬱病と診断されました。いろいろな病院を受診して、4軒目の病院で薬が合い(先生とも合い)少しずつ元気を取り戻して来たのです。

先生は「鬱病には太陽の光がいい薬になる。」と言いました。
「日光浴をしなさい。どんどん外へ出てお日様に当たりなさい。娘さんと散歩に行きなさい。」と言われ、初めて、本当にびっくりするくらい初めて、娘の顔が目に焼き付いたのです。

なんでこの子を忘れていたのだろうか?この子の為に生きなければ、頑張らなければと思い、この先生にすがる思いで通院しています。まだほんの2週間程しか経っていないけど、随分元気になったなぁと感じています。

職場の同僚が(かぼちゃをくれた人)この前お誕生日でした。そしたら「ぽちゃぽちゃさん😄見て下さい💖中1の娘がお誕生日のプレゼント(ボールペン一本…職場では必需品です。)と手紙をくれたんですヨ💕と。その手紙の内容が
『お母さんお誕生日おめでとう。
どんなに忙しい時も、疲れている時も、いつも笑顔のお母
さんが大好きです。』と書いてありました。

彼女もシングルマザーで二人の子供を育てているのにと思うと感動しました。涙が出ました。私はどうだったでしょう。後悔ばかりです。私もぴょんちゃんにそんな風に言われる母親になりたいと思いました。

その決心、忘れそうになる時があるけれど、ぴょんちゃんがいつも側に居てくれるから頑張れそうな気がします。


長くなってしまいました。汚うち(家)ブログなのに自分の事をダラダラと。すみません。